演劇・音楽・古典…「シアターユニット・サラ」を主宰する劇作家、実村文のサイトです。

<真夜中の突撃 2008.3.3>


 今日はお雛祭りですね。あの二人もあさってにはしまわれてしまうのでしょうか。
 こちらも、今週はまた夜は零度を切るそうで、油断はなりませんが、ゆっくりと春が近づいてきています。

 『ノルマ』のCasta Diva、まさにそれです! すごいですね! どうしてこんな偶然が重なっているのでしょう?
 歌詞がドイツ語字幕なので、全部はわからなかったのですが、故郷の平和を祈りながら、そこには自分の失った安らぎと幸せをとり戻したい切ない願いもこめられていて、その二つが、ノルマの心のなかでは重なっているけれども、じつは倫理的には相容れない(彼女の愛しているのは敵将なのですから)、という、とても複雑で、美しく哀しい歌です。さまざまな経験を経た女性でなければ歌えない歌だと思いました。ベッリーニの音楽がまた本当にすばらしく、私はもう一度観に行こうかと思っているくらいです。
 最終幕、ローマに対して蜂起した民衆が、神殿に隠れていた将軍を捕らえ、処刑をノルマにせまります。どうしても手を下せないノルマは、神殿を汚したのは味方を裏切った巫女なので、その者を処刑すると宣言します。前後の文脈で、観客も一瞬、嫉妬にかられたノルマが友達のアダルジーザを血祭りに上げようとしているのかと思ってしまいます。「それは誰か?」とつめよる民衆に、「私です」とノルマが答えます。
 いうならば、これはオペラに限らず演劇ではよくあるパターンで、決してめずらしい展開ではありません。でも、その、「私です」と言ってノルマがうつむいたとき、指揮者は休符に長い長いフェルマータをおいたのでした。劇場じゅうが水をうったように静まり返りました。それから、ピアニッシモで、「嘘でしょう、ノルマ? 本当にあなたなのか?」と合唱が歌い始めました。息の止まるような劇的な間合いでした。

 一昨日(土曜日)の朝は、『白鳥の湖』の初日に先立って「マチネ、入場無料」があるというので、見に行きました。日本ではマチネと言えば昼の興業のことですが、ここでは舞台裏の説明をする催しのようです。大道具の人がトンテンカンやってるところで、美術館のツアーみたいになんとなく説明があるのかな?と思って、時間ぎりぎりにノコノコとでかけました。ところがあにはからんや、300人からの劇場がもういっぱいで、またもや最上階の隅に追いやられてしまいました!
 素舞台には衣裳の幾点かが飾られ、監督が全体の構想を説明し、やっぱり早口でよくわからなかったけど(笑)、チャイコフスキーの音楽はそのままに、振付を一新してテンポアップをはかったらしいということはわかりました。(私も聞いたことがありましたが、伝統的な振付では、踊りを「見せる」ために、テンポがどんどん間延びしているのだそうです。だからオケとして快いテンポで演奏されると、踊る方は大変なのです!)そして稽古着のダンサーたちが数人登場して、2,3のシーンを踊ってくれました。オデットも王子もドキドキするほど可愛くて、本当に少年と少女のように見えました。彼らが1シーン踊るたびに、また監督の話が一区切りするたびに、拍手また拍手です。
 客席を埋めていたのはご年配の方から子どもたちまで、すべての年齢層でした。舞台がこんなふうに待たれ、創られていく、ということに、興奮せずにはいられませんでした。

 私はじつは、オペラとバレエは、それほど熱心なファンだったわけではないのです。歌手や踊り手の技術を見せることが先行しがちな気がしていました。でも、レーゲンスブルクに来て、とても好きになりました。ここの舞台づくりは「健康的」な気がします。キャストとスタッフ、そして観客の、三位一体のバランスが、非常に良いプロポーションのような気がするのです。