演劇・音楽・古典…「シアターユニット・サラ」を主宰する劇作家、実村文のサイトです。

<真夜中の突撃 2008.3.22>


 今朝、窓から見える屋根が白くなっていました。夜の間に雪が薄く積もったようです。

 今日は聖金曜、大斎・小斎の日です。小斎は肉を食べないこと。大斎は食事の量を減らすこと(普通の食事は一食のみで、あとは軽くする)です。私は朝・昼はちいさなトースト2枚ずつ、夜はじゃがいもと野菜スープですごしました。でも聖書には「チョコレートを食べてはいけない」とは書いてないもん(笑)。

 午後3時に大聖堂のミサに行きました。今日は歌だけで、オルガンはなしです。これも禁欲の意味があるようです。
 神父さまたちはフードつきの紫のケープをつけていました。紫といっても江戸紫と違って、赤ワイン色です。
 今日はヨハネ受難劇の後、ビショップを中心に皆で立ったり座ったりひざまずいたりして延々とお祈りするので、とてもくたびれました。つくりつけの木のベンチには下に暖房が入っていて、私は遠慮して簡易ベンチの暖房なしの席に座っているのですが、同じベンチにお年を召したシュベスター(シスター)も座っておられました。彼女たちは私のようにモコモコ着ぶくれたりもできないので、お寒くないか、ひざまずくときお膝が痛くないか心配になってしまいました。でもそれが修道ということなのでしょうね。

 そしてさっき、午後8時から、プロテスタント(ルター派)の教会でバッハのヨハネ受難曲を聴いてきました。
 うっかり出遅れてかけつけたら、教会の入り口はすでに人だかりで大混乱。やっと当日券売り場を見つけ、順番になったら、担当のおばさまが私の顔を見て、大声で(まわりがうるさくて聞こえないのです)「学生さん?2枚ね?1枚12ユーロで24ユーロですよ!」と言って、私がへどもどしてるとさらに大きな声で一所懸命くりかえしてくださるので、1枚でいいのだとわかってもらうまでにだいぶ時間がかかりました(笑)。
 教えられたとおり2階の席に行きましたが、座るとよく見えないので、皆さん手すりにもたれて立ち見です。私も立ちました。そして結局一度も座らなかったのは私だけでした。
 楽器は古楽器で、チェロはなくビオラ・ダ・ガンバです。フルートも木のフルートでした。そのせいもあって、始まったとき、一瞬「えっ、大丈夫?」(←この言い方、ちょっとお母さんに似てますね(笑))と思ってしまいました。バロックバイオリンはくすんだ音色で、音量がないのです。でもそんな心配はすぐ吹き飛んでしまいました。白髪の指揮者の指揮は歯切れよく、コーラスもよく整っていて、彼らが「主よ、主よ!」と高らかに第一コーラスを歌い出したとき、同じバッハでもマタイとはまったく違う受難曲の世界が始まったのでした。(私はじつはヨハネを聴くのは初めてだったのです。)
 エヴァンゲリストをはじめとするソリスト陣も充実していました。私はずっと夢中で聴いていましたが、途中で疲れたらしく、ホントに夢の中に入ってしまい…つまり立ったまま居眠りしたらしいのです!気がついたら、ピラトに裁きを受けていたはずのイエスが、もう丘をのぼって十字架にかけられていました(笑)。イエス様ごめんなさい。
 あっというまの2時間でした。最後のコーラスが消え、ああ、終わったと思った瞬間、ふいに、教会の鐘が鳴り響きました。深く、長く。その間、黙祷です。演奏者も会衆も、誰も動かず声も出しません。そして指揮者が静かに立ち去り、拍手はありませんでした。そうなんです。これは音楽会ではなく礼拝だったのでした。演奏に皆が不満足だったのではありません。その逆で、教会を出る人々の顔はみな輝いており、目を真っ赤にしたり、目がしらをぬぐっている人たちもいました。私もそうでした。