演劇・音楽・古典…「シアターユニット・サラ」を主宰する劇作家、実村文のサイトです。

<真夜中の突撃 2008.2.29>


 もう少し前になりますが、レーゲンスブルクのオペラハウス(小さいけれどとても素敵な劇場です)で、歌劇『ノルマ』の初日がありました。
 『ノルマ』については何も知らなかったので、調べてから観に行きました。ソプラノのアリアとしては最も難曲かつ名曲をもつと言われるオペラだそうで、お母さんはご存じかもしれません。作曲者はベッリーニ(1801-35、イタリア)。舞台はケルトの民がローマ帝国の支配にあえぐガリア(古代フランス)、そのケルトの長の娘で巫女の身でありながら、ローマの将軍を愛してしまったのがヒロイン・ノルマ(ソプラノ)です。彼女は、彼の心変わりと、自分を信じて疑わないケルトの人々への後ろめたさに苦しんでいます。感動的なのは、将軍の新しい恋人となった若い巫女アダルジーザ(メゾソプラノ)が、すべてを知って驚き、自分の恋を捨ててノルマとの友情をとる場面です。(普通なら女の嫉妬の話になりませんか?)このソプラノとメゾソプラノの二重唱と、ノルマがケルトの民衆のコーラスをバックに月の女神に平和を祈るアリアが、とくに名曲かつ難曲とされているのだそうです。
 初日でもあり、プリマドンナの調子は万全ではありませんでした。ときどき音程があわなくなってしまい、メゾソプラノ(彼女は非常に安定していました!)とのアカペラの二重唱では、思わず手に汗を握ってしまいました。私の右隣のアジア人らしいお客は拍手をしませんでしたが、私はそれでも拍手をしました。なぜなら、彼女たちの表現があまりに深く素晴らしくて、音程なんかちょっと外れたっていいじゃないか!と思ったからです。左隣のドイツの老婦人も拍手をしていました。

 どんな演出だったと思われますか?私は、古代風の長いドレスで出てくるものとばかり思っていました。
 ところが、幕開け、いきなり、「これは『レ・ミゼラブル』?」と思うような、すり切れた普段着の人々が登場して歌うのです。演出家は、紀元前50年のガリア国を、現代のヨーロッパにおきかえたでした。東欧などの紛争地域のイメージです。男たちは銃を手にし、女たちは体に爆弾を巻きつけ、「ローマに抵抗しよう!」と叫ぶのを、毛糸のショールを巻いたノルマが登場して懸命にやめさせるところで、すでに私は涙がとまりませんでした。そして、ノルマのその有名な「月への祈り」のアリアは、がらんとした貧しい部屋の小さい食卓に、それでもお皿を並べロウソクをともしながら、とても静かに歌われたのです。そのときコーラスは3階だての観客席のさらに上の階に上って、観客を後ろから包みこむように歌ったのでした。衝撃的でした。つくり手たちは、ノルマの悲しみを、単なるロマンチックなものではなく、今も世界のどこかで起こっているリアルなものとして、舞台に載せたのです。
 あまりの「現代風」演出に、とうとう一度ブーイングが起きました。ところがブーイングの直後に、今度は拍手が起こったのです!ブーイングを否定し、舞台を肯定する拍手です。私も一緒にしました。そのこと自体がとてもドラマチックでした!

 じつはバイエルンには、ミュンヘン国立歌劇場という、ウィーンとも並び称される名門の劇場があります。去年一度ワーグナーの『さまよえるオランダ人』を、立ち見で(笑)観ました。レーゲンスブルク「市民」としてはくやしいけれど(笑)、それはもう素晴らしく、非の打ちどころのないレベルの高さでした。そしてやはり非常に斬新で現代的な演出だったのですけど、でもね。そう、もともとワーグナーの話はみんなそうなんですけどね、心が痛くなるような感動というのとは違ったんです。
 そのミュンヘンでも今季『ノルマ』がかかっています。なんとバレエでもレーゲンスブルクと同じ『白鳥の湖』がかかっています!故意か偶然かわからないけれども、どちらにせよレーゲンスブルクは果敢な挑戦をしているのだということがわかりました。レーゲンスブルクがんばれ!(笑)私はミュンヘンの監督ケント・ナガノというのも素敵な人だと思っていて、ミュンヘンも応援したいのですけど、ミュンヘンの『ノルマ』の舞台写真を見たら、未来風のデザインハウスみたいな照明のなかに真っ青なロングドレスのノルマが立っていて、さっそく「ふーんだ!勝ったね!」と思ったのでした(爆笑)。

 またまた長くなってしまいました。ごめんなさい。
 来週いっぱいで授業は終わり、再来週に一度聖歌隊をつとめたら、あとは再々来週の復活祭を待つばかりです。これもどんなふうになるか、とても楽しみです。  ではまた!