演劇・音楽・古典…「シアターユニット・サラ」を主宰する劇作家、実村文のサイトです。

<真夜中の突撃 2009.2.19>


 今、「オルガン小曲集」というコラール集の小品をいくつか練習しています。これがまた珠玉の作品ぞろいです。
 賛美歌(コラール)のメロディをオルガン曲につくったもので、やはり「平均律」と同じ、「初学者用の練習曲集」です。もっとも「初学者」というのはバッハの言で、私の先生曰く、「『オルガン小曲集』が弾けたら、それはオルガンが弾けるということだよ」だそうです。

 私がもらったのは、
・第1曲「いま来たりませ、救い主よ」
・第2曲「神の御子、世に来たりぬ」
・第40曲「主よ、われ御身を呼ぶ」
・第9曲「天使の群、天より来たりぬ」
そしていま練習しているのが、第24曲「人よ、汝が罪の大いなるを嘆け」です。

 全45曲の、どれも名曲ぞろいと書きましたが、この第24曲はとくに美しいとされているものの一つです。
 「人よ、汝が罪の大いなるを嘆け」なんて、いかにも辛気臭そうな題でしょう?それがね、大きくて温かいてのひらにすっぽり包まれているような曲なんです。
 この曲に出会って、私は、生きるのが辛くなくなり、そして、死ぬのも怖くなくなりました。
 いまは、それ以外のよけいなことは、何も言わないでおきます(笑)。

 そのかわりに、ひとつエピソードを。ご存知かもしれませんけど……
 バッハは「平均律クラヴィア曲集」を、長男のヴィルヘルム・フリーデマンのために書きました。バッハの子どもたちのなかで、もっとも音楽の天分にめぐまれた人だったそうで、バッハはこの長男を、溺愛していたようです。
 しかし、このヴィルヘルムさんは、天分だけでは音楽家になれない、という厳しい事実のよい例でした。彼には、偉大な父の期待にこたえる、精神の強さがなかったのです。

 バッハの貴重な自筆譜がたくさん散逸してしまったのは、この長男がお金に困って売ったりして、管理がめちゃくちゃだったからだそうです。ときには父の曲を自分がつくったと偽ったりしたそうで、これだけでもう、どんな人だったか想像がつくというものです。
 文字どおり「親の七光」でハレの教会音楽家として就職できたものの、大バッハ亡き後は各地を転々とするようになり、ついに50代半ばにして教会音楽家の職も投げうち、放浪生活に入ります。それから20年。73歳で、ほとんどのたれ死ぬようにして亡くなったそうです。

 このバカ息子を愛してやまなかったバッハの心痛たるや、どんなものだったでしょう。私は、それを思うだけで、涙が出てならないのです。
 そして、ヴィルヘルム自身の苦しみも思います。そうなのです、誰もが大バッハになれるわけではないのです!私にはだらしなくてダメな彼の辛さが痛いほどわかります。
 そして間に立った後妻のアンナ・マグダレーナが、またどれほど哀しい思いをしたことか!

 大バッハの遺志をついで音楽家として大成したのは、次男のカール・フィリップ・エマヌエルと、末子のヨハン・クリスチャンでした。
 父に溺愛された兄の末路を、弟たちはどんな思いで見ていたのでしょう。バッハの残りの楽譜の保存と伝記の完成は、カール・フィリップの尽力によるものだそうです。
 そして、ヨハン・クリスチャンは、教師として、天才児ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトを見出したのでした。
 私が子どもの頃読んだモーツァルトの伝記には、ヨハン先生のおひざに座ってピアノを弾くちっちゃいヴォルフガングの挿絵がありました。二人は顔を見合わせて、微笑みあっていました。もちろん想像図なのですが、なぜか、あの絵が忘れられません。
 いつか、バッハ一家を題材にした戯曲も書いてみたいです。

 そんなことを考えながら、「人よ、汝が罪の大いなるを嘆け」を弾いています。

 レーゲンスブルクは、今朝も雪でした。でも、午後から晴れてきて、3時半からの楽典の授業では、窓からすばらしく透明な陽光がさしこんでいました。
 5時に授業が終わろうというとき、先生(いかにもゲルマン男性らしいコワモテの、でも本当はとっても優しい方)が私をつついて、窓の外を見ろとうながすのです。ふりかえると、灰青色の雲を染めて、大きなルビーのような夕日が沈むところでした。
 「フジヤマだね!」とコワモテ先生。
 ……少々解説がいるのですが(笑)、先週、「フジヤマ、という名前には、どういう意味があるのですか」と訊かれたので、「ヤマは山(ベルク)のことで、フジは地名ですが、『不死』(ウンシュターブリッヒ)という意味もあります」とお答えしました(本当です。『竹取物語』に出てきます)。
 その「不死」というのが、先生はいたくお気に召したようです。

 私たち人間は、みな死すべきさだめですが、不死、永遠を思うことができるのは、すばらしいと思います。

 また長くなってしまいました。このメールも永遠につづいてしまいそうなので(笑)、ここらで終わりにいたします。
 CD、無事とどきますように。
 ではでは、また!