演劇・音楽・古典…「シアターユニット・サラ」を主宰する劇作家、実村文のサイトです。

<真夜中の突撃 2008.10.2>


 トランジットでコペンハーゲンにいます。昨夜『ジゼル』を見ました。振付も衣装も舞台美術も、これぞジゼルっていう、直球ど真ん中!(笑)こんなにストレートな古典ものを見たのは、小学一年生のときに連れて行ってもらった『白鳥の湖』以来、生涯二度めではないでしょうか(笑)。
 ジゼルを踊ったのはアジアの人(たぶん中国人)でした。この人が本当に素晴らしかった!もちろん、手足の長い八頭身の美女なのですが、とにかく可憐で華奢で、目をひきつけられずにはいられないのです。初めは、背が高いのかなと思ったのですが、そうではありませんでした。ただ、彼女が出てきただけで、舞台が小さく見えてしまうのです。あの空間をつかむ力は何なのだろう?
 無邪気な田舎娘が一転して狂乱するシーンも、ひたすらいじらしく痛ましく、周りの人々の嘆きまで真に迫ったものに変えていました。(すぐれた演技って、自分だけが目立つのでなく、全体を引っ張っていってしまうのですよね。)そしてさらに驚いたのは第二幕(後半)です。再登場した瞬間、彼女が魂だけになってしまったことがわかるのです!体の重みがぜんぜん無いように見える!どうして?!比較しては気の毒なのだけど、例えば、ジゼルの属する妖精(娘たちの幽霊)の群れの女王さまは、やっぱり難易度の高い踊りを完璧にこなしていて、「ああ上手だな。でも幽霊だから無表情なのだな。それにしても、この舞台、こんなに大きかったっけ?」と私は思いました。ところが、ジゼルが出てきた途端に、また舞台が小さくなった!本当です!そして前半のような生き生きとした表情は、もうまったく無いのに、悲しみだけが、いつまでも湧いてくる水のように、圧倒的な美しさで伝わってくるのでした。
 ジゼルを裏切る恋人の王子様も良かったです。前半では、「なんかやな感じ」と思ったのですが、考えたらそういう勝手な男の役なんだから当然です(笑)。幕間にあらすじを読んで、「なんだ、王子様死なないんだ。つまんない、死んじゃえばいいのに」と思ってました(笑)。それが、後半、心から悔いた彼が死霊のジゼルと嬉しそうに踊り、「死ぬまで踊れ」という妖精たちの呪いに引き込まれて、必死に許しを乞いながら弱っていくシーンで、思わず「いやだ、死んじゃう!(実際、凄くハードなジャンプの連続なのです)もう許してあげて!」と叫びそうになってしまいました。たぶん、周りのお客さんたちも、私と同じように、彼の許しを願うジゼルの気持ちに共振してしまっていたと思います。
 人間って本当に弱くて悲しい。そう思い出させてくれる舞台でした。舞台の上に真実があるというのは、こういうことだと思いました。
 音楽はアダムという作曲家のものでした。物語にふさわしい、過不足ない音楽、と言ったら失礼かな。例えばヴェルディのように印象には残りません。でも、カーテンコールで、主役の二人と同じくらい、指揮者とオケに喝采が向けられていたことが、すべてを物語っていました。

 長くなりました。今日はこれからゆっくりドイツへ向かいます。
 そちらはいかがですか?コペンハーゲンはもう冬です!
 帰宅したらまたご連絡しますね。