千客万来

映画のDVDに特典映像として入っている、メイキングを見るのが好きだ。本篇より興奮することさえある。
スタッフの苦労話や、俳優さんの素顔などが、たまらなく楽しい。

スーパーヒットした超大作『ロード・オブ・ザ・リングス』三部作の監督と、オスカー賞受賞の名作『ブロークバック・マウンテン』の監督が、メイキングのなかのインタビューで、奇しくも同じことを語っていた。
「原作/脚本を読んで、『いい話だなあ。誰か映画化してくれないかな』と思っていた。まさか自分が撮ることになるとは思わなかった」

もちろん、半分は謙遜に決まっている。両監督とも、それぞれ映画化は無理と言われていた作品を、どれほどの根気と努力で完成させたことか。
でも、「誰か映画化してくれないかな」と思っていたというのは、本当なのだろう。

人が作るのは、たぶん、自分が見たい作品なのだ。

どうしてこんなことを考えているかというと、『芸術の売り方――劇場を満員にするマーケティング 』(ジョアン・シェフ・バーンスタイン著、山本章子訳、英治出版、2007年)という本を読んだからだ。引かれているのはオーケストラの例が多いが、演劇も無関係ではない。
この本によると、マーケティングには、3つのステップがあるのだそうだ。
1.セグメンテーション:顧客層を分類し、それぞれの特徴を把握する。
2.ターゲティング:狙うべきセグメントを選ぶ。
3.ポジショニング:狙いを定めた市場に最もアピールするよう、組織と上演作品を位置づける。

おお、なんだかすごく、それっぽいぞ。妄想のなかで、私はすでに、「デキる女を印象づける」クールでセクシーなキャリアスーツに身を包み、ガラス張りの高層ビルの一角で書類をひろげている気になっている。(そんなスーツ持ってません。)

で、さっそく、この1・2・3ステップをやろうとしてみた。
しかし。私が書きたいのは、私が見たい作品なのだ。当然、観客像と言われて真っ先に思い浮かぶのは、自分だったりする。これでは、マーケティングもへったくれもあったものではない。

私は欲ばりだから、本当は、うんと年下の友人たちにも来てもらいたいし、「足して2で割ると古希」のうちの両親にも楽しんでもらいたい。だから、まったりしすぎないように努力する一方で、無理に流行語を入れて場を凍らせたりもしないように気をつけているつもりだ。
それでも、あくまで、「つもり」でしかない。私の書くものは、年配の方には青すぎ、若者たちにはダサすぎるかもしれない。自分では、わからないのだ。
どなたか私に、アドバイスしてくださらないでしょうか。マンツーマンで。できれば、本物の「デキる女を印象づけちゃっていいかしらスーツ」着用で。メガネがお似合いだと、なおよいです。(妄想の方向が変わってきている…)

こんな私(ってどんな私だ)が観客として劇場に行くと、上に書いたことの裏返しになる。「若向き」の舞台では疲れてしまい、「玄人向き」の作品では一人だけ乗り遅れて落ちこむ。居場所がない。
だから、あきらめられない。なんとか自分の手で、アラフォーの、アラフォーによる、アラフォーのための芝居を作りたい。

どうしたら、同世代の人たちに、足を運んでもらえるような公演ができるだろう。とり除かなければならないハードルがあるとしたら、何だろう。
友人の男女数名にインタビューしてみた。
答えはすぐ返ってきた。「とにかく、時間がないんだよね」。

平日は残業、土日は家族サービス、休日出勤。郊外に住んでいれば、終電を気にしなければならない。まして、芝居がはねた後、ゆっくり食事をして帰るなんてできない。だいたい、子どもをどこにあずければいいの。
そうだった。みんな、カタギに生きているのだった。私以外。
それなのに、無理して来てくれて、ありがとう…ごめんなさい。これはもう、本当になんとかしなくては。

ここまで考えた段階で、致命的なことに気がついた。そもそも、私の脚本はどれもカタギな話ではないから、現実の生活とがっぷり四つに組んでいるアラフォー世代をターゲットとするには、はじめから大失敗しているかもしれないのだ。
キャリアと結婚の板ばさみで悩む、というようなド真ん中なストーリー展開が、どうしてもできない。初めて書いた戯曲は、キャラクターが、人ではなくて鳥だった。鳥だから、当然、キャリアと結婚の板ばさみで悩んだりはしない。

大変だぞ、私よ。どこからどう手をつけたらいいのだ。

とりあえず、ステップ3:ポジショニングはあきらめよう(おいおい!)。「狙いを定めた市場に最もアピールするよう」といったって、こうもマイペースで世間とテンポのずれた私に、そんな器用な真似、できるわけがない。
こうなったら長期計画だ。とにかく、交通の便のいいところに劇場を建ててしまえばいい。中にレストランと託児所を作る。もっと遠くから来てくださるお客さんのために、ホテルも併設できたら完璧だろう。

妄想もここまで来ると、「デキる女スーツ」の比ではなくなってくる。いったい、何十年かかるというのだ。
いや、大丈夫。その頃には、友人たちもみんな定年退職して子育ても終わって、平日マチネにも余裕で来てくれるようになるだろう。肝心なのは、その日まで、私が芝居をつづけていられるかどうかということだ。

(2008.12.27)

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